司書の役割が3分で分かる 映画『デイアフタートゥモロー』の名シーン




図書館は本を借りるところで、司書はカウンターに座って本の貸出をする人のこと?

 

 

どんな仕事でもそうであるように、図書館の仕事の多くも、利用者(お客様)からは見えないものです。

 

今日は、「これこそ司書の役割」といえるものが3分で分かる映画があるので紹介します。

 

図書館の正面から高波が押し寄せる衝撃

 

物語は、地球温暖化によって、将来的に起こるはずだった氷河期が突如到来した現代です。

 

東京ではゴルフボールサイズの巨大な雹(ひょう)が降り注ぎ、ロサンゼルスは巨大な竜巻によって壊滅、イギリスではスーパー・フリーズ現象によってオイルが凍結し、イギリス軍のヘリコプターが墜落するなど、世界各地で異常気象が頻発しはじめます。

 

この異常気象を予言していたのは気象学者ジャックです。

 

ジャックの息子、サムがいるニューヨークには、豪雨と巨大な高潮が押し寄せます。

 

2004年公開の『デイ・アフター・トゥモロー(The Day After Tomorrow)』です。

 

公開当時、映画評論家の間ではB級映画と揶揄され、気象学の研究者たちは、映画のストーリーは事実に基づいたものではないと述べていたそうです。

 

しかし今では、フィクションではなく史実である部分が認められており、実際に起こる可能性を警戒する声もあります。

 



 

図書館に避難したことの幸運

 

突然訪れた氷河期に混乱する人々を描いたパニックSF映画ですが、数々の衝撃的なシーンの中でも、ニューヨーク公共図書館の正面から高波が押し寄せるシーンは圧巻です。

 

ニューヨークの中心地、マンハッタンに高波が押し寄せ、人々は目の前にある図書館に逃げ込みます。

 

広大な閲覧室は避難してきた人たちで埋まり、図書館はシェルターとなります。

 

気象学者の息子であるサムは父の助言に従い、図書館にとどまることを決めますが、サムの話を信じられない人々は、より適した避難場所を求め、図書館から出てしまいます。

 

しかし、氷河期が到来した世界で、避難した場所が図書館であったことは、何よりも幸運だったのです。

 

2つの意味で人命を守った図書館

 

サムがいるニューヨークには、刻々と寒波が押し寄せてきています。

 

嵐が吹き荒れ、1秒で10度も気温が低下し、やがて氷河期になります。

 

いくら、広大で丈夫な図書館の中にいても、凍死しないためには火をおこす必要があります。

 

図書館にある燃やせるものといえば、本しかなく、本ならいくらでもあります。

 

でも、それを許せない人がいます。

 

ニューヨーク公共図書館を守る司書のジュディスです。

 

とはいえ、凍死するわけにもいきません。

 

図書館の避難者たちは、焚書ための本を選び始めます。

 

ここでの、さまざまな立場の人たちによる書物に対する価値観の相違はみどころです。

 

結局、税法の本を燃やし、火を焚くことができたサムたちでしたが、さらに問題が発生します。

 

サムのクラスメイトのローラが原因不明の高熱に侵され、意識を失ってしまったのです。

 

彼女の病名を予想し、混乱する避難者たちですが、司書ジュディスが医学書を片手に具体的な症状を所見し、病名を言い当てます。

 

実際には、図書館のレファレンス(相談窓口)では、医療に関するアドバイスはしてはいけないことではありますが、迅速かつ的確に必要な書物を探し出すのは、司書として大切な役割です。

 

司書ジュディスの活躍は、映画の中ではほんの数分程度のものです。

 

しかし、人間が温暖化への対策を怠ったことにより発生した自然災害で、偶然図書館に避難することになった主人公たちを通じ、人類の知恵と歴史が凝縮している書物の価値を改めて考えさせられるものとなりました。

 

消えたシンボルの謎と裏話

 

劇中の図書館は、実在するニューヨーク公共図書館です。

 

しかし、図書館の象徴でもある入口に鎮座するライオン像が映っていません。

 

ニューヨーク公共図書館の職員によると、撮影スタッフは映像への使用料が発生することを避けたかったので、費用が発生しない公共エリアのみ映画に使用することにしたそうです。

 

 



 

311でも、図書館が日本を救った?

 

さて、映画『デイ・アフター・トゥモロー(The Day After Tomorrow)』の図書館でのシーンを見て一番強く思うことは、

文学の教養や知識は、即戦力ではない

ということです。

 

わたしたち日本人は、2011年3月11日、この映画の衝撃と同じような苦痛を現実のものとして体験します。

東日本大震災です。

 

このときも、「文献」や「古文書」として残された教養が、ある部分を救っています。

 

福島第一原発が爆発事故を起こし、津波以上の衝撃を日本にもたらしましたが、一方で、福島第一原発とほぼ同じ津波が押し寄せた女川原発は無事でした。

東北電力が管理する宮城県の原発です。

 

なぜ、津波の高さがほぼ同じだったにも関わらず、一方は爆発事故を起こし、一方は無事だったのでしょうか。

 

理由は、女川原発は立地場所の標高が14.8メートルで、福島第一原発の10メートルよりも高い場所に設置されていたのです。

 

そして、女川原発を高い標高にしていた理由は、東北電力の研究チームが1611年の慶長津波に関する古文書で6~8メートルの記録が残されていたことを重視したからだといいます。

 

考古学調査では仙台平野での平安時代の貞観津波が2.5~3メートルであることが判明しました。

 

工費・運営費の節約を考えれば標高を低くした方が得策です。

 

しかし、東北電力の研究チームは古文書の文献を重視し、結果、標高を14.8メートルとしたのです。

 

もし、東北電力が歴史よりも経費を重視し、標高を低く設定していたら女川原発も爆発事故を起こしていたかもしれません。

 

古文書、文学の教養により、日本全体が救われたと言っても過言ではありません。

 

文学の教養や知識は時代を超えて、ときには大いに役立ちます。

 

そして、それを守るのが図書館であり、司書の仕事のひとつです。

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